1-001-001.夜明けの逃飛行

 
 
前後斜めの左右から、二体のドラゴンが挟み撃ちを仕掛けてきた。
マドカは、早鐘のように打つ心臓の音を聞きながら、
なんとか手綱を繰って、
敵二体の軌跡が描く面の、法線方向へ逃れた。
 
と、一体が攻撃を放ってきた。
真っ直ぐこちらへ向かってくる、燃え盛る火の玉!
 
「サッファ(小火球)!」
 
慌てて命じた声に反応して、マドカを乗せたドラゴンも、
カッ!と火球を吐き出した。
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二つの火球が激突して、爆発! 炎をまき散らす!
 
至近距離にいたマドカは、爆発の寸前、
鞍の上に伏せ、
とっさに息を止めて、ぎゅっと縮こまった、
その直後、
炎とともに爆風が押し寄せてきて、
丸太で殴られたような、恐ろしい力で弾き飛ばされた。
 
ビン!と命綱が張って、
よじれた胴をさらに締め付ける。
 
熱と衝撃で、一瞬、気が遠くなる
 
 
手がレバーから離れる寸前に気がついて、
夢中でそれを握り直す
 
 
猛烈な吐き気
 
天地がひっくり返って、ぐるぐる回っている感覚
ますます酷くなっていく
 
(うぅっ…!)
 
 
落ちている。
 
きりもみしながら。
 
 
パニックになりかけたドラゴンが、体勢を立て直そうと暴れ始めた、が、
(そうだ、このまま、撃墜されたフリをして逃げよう…!)
とっさにそう考えたマドカは、
ドラゴンに、落ちるに任せるよう”ビジョン”を送った。
「オルク!オールゥー(止まれ)!」
『このまま落ちるのよ!動かないで!』
 
オルクと呼ばれたドラゴンは、ぴたりと動きを止めた。
そのまま、
焼け焦げた跡から薄く煙を引きながら、ふたりは落ちていった。
ゆるやかに回転しながら、真っ逆さまに。
 
(まだよ、まだ、まだ……!)
 
ぐるぐるする視界と落下感に、
ひっきりなしに湧き上がってくる吐き気を抑えながら、
マドカは、大地との距離を、懸命に測っていた。
 
落下のスピードは、どんどん速くなっていく……!
 
起伏に富んだ地形、遠くの丘。
網目のような無数の谷、そこを流れる川。
それらを木々が覆って、眼下には、広大な森林が広がっている。
 
ちょうど真下に深い谷があって、
オルクはそこへ、
吸い込まれるように落ちていく……!
 
 
ビョォォと耳元で唸る風が、恐怖を煽る。
ドクン!ドクン!
心臓が、痛いほど脈打って……!
呼吸も止まりそうな緊張感!
 
 
(まだ…まだ……今だ!)
「チック(飛べ)!」
 
 
(BGM Start:『こちゃへ』より『Ten-ma』 )
 
オルクは、ばさぁっ!と音を立てて翼を広げ、
力強く羽ばたくと、たやすく体勢を立て直した。
そして、谷底の川面すれすれを滑空し、
すぐに、谷から出ない程度の高さまで舞い上がっていった。
 
その頼もしさに、マドカはホッとして、泣きそうになる。
が、すぐに気を取り直した。
(追手は!?)
幅広の谷なので、見られていたかもしれない。
あるいは、撃墜したのを確かめに来るかもしれない。
 
マドカは、周囲をぐるりと確認してみた……
 
(あぁ…やっぱり、来た…!)
 
二体の竜騎兵が、谷の中へ、
マドカたちの後方離れたところに、舞い降りてくるところ。
ドラゴンに跨った騎兵の一人が、こちらを指差しているのが見える。
 
また、泣きそうになる。
 
両側は、切り立った断崖絶壁。
このまま谷に沿って飛んで、逃げ切るしかない。
反転して戦うという考えは、ほとんど意識にのぼらなかった。
早く逃げないと、もっとたくさんの敵が集まってくる……
 
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敵ドラゴンが、火球を飛ばしてきた!
オルクは高度を下げて、それをかわす
 
さらに続けて、どんどん撃ってくる!
 
マドカは、よけさせる代わりに叫んだ、
「ビアット(高速形態)!」
 
オルクは一瞬で反応した。
翼を少し折りたたんで肩をすくめ、
全身を緊張させて、一本の矢印のような形になると、
両脇のジェット器官を思い切りふかし、
 
急加速!
 
バシュゥゥーーー!
 
マドカは風防の陰に隠れたまま背後を振り返り、
追いすがってきた火球が勢いを失って、
空中へ溶けるように消えていくのを確認した。
 
このまま…と思ったのも束の間、
オルクは勝手に高速形態を解いてしまった。
ばさばさと羽ばたいて、なんとかスピードを維持しようとするが、
みるみる遅くなっていく。
 
(あぁ、オルクも、疲れてるんだ…!)
マドカは、思わず上空を見上げて、味方を探した。
 
夜が明けたばかりで、太陽の光はまだ弱々しい。
そのうえ、灰色の雲が空の半分を覆って、
暗い雰囲気を作り出している。
 
味方は…いないんだ、誰も!
みな、やられるか逃げるかしてしまった…
独りで、逃げ切らなければ…!
(独り…っ)
息がつまり、目の前が真っ暗になる…と、
オルクがまた軌道をそらして、後ろから飛んできた火球をよけた
火球は水面を跳ねて、空中で突然 爆発
熱風を背に受けて、マドカは、高度を上げるよう手綱をさばく
(うぅん…オルクが、いるわ…っ!)
 
 
少し先に、三叉路!
 
急旋回して支流に入る、
さらに、急転回!振り向きざま火球を飛ばす!
「ルッツ(高速ターン)!……サッファ(小火球)!!」
すぐまた反転して逃げる、
当たらなくてもいい、精一杯のブラフ(はったり)!
 
火球は敵の目の前を通り過ぎ、
向こう側の崖に当たって飛び散った
 
これで待ち伏せを警戒するようになってくれれば…
それで、距離を広げられれば…
あわよくば、追跡を諦めてくれれば…
 
 
さらに崖の割れ目のひとつに飛び込むと、
曲がりくねった回廊、
そして、
とつぜん別な支流に飛びだした
 
まるで迷路……!
 
 
細かいカーブが続く
谷の幅が狭まってきた
目まぐるしく変わる風向きがふたりを翻弄するが、
マドカはそれをうまく利用した指示で、
最短コースを全速力で飛び抜けていく
 
もっと速く! もっと速く……!!
 
極度の緊張で、視界がちかちかする
呼吸が苦しいが、息つくひまもない
悲観的な考えばかりが浮かんでは…振り捨てる
あのカーブの先が行き止まりだったらどうしよう…っ!?
ああ!待ち伏せされてたらどうしようっ?!
恐怖を振り払って、
 
 
ゴゴオー!
 
上方を火球が飛び越えていって、ドカン!前方の崖の上に当たった
せり出していた崖に一瞬でひび割れが走り、
地響きを立てて崩れ始めた       ゴゴゴ…
大小の岩がばらばらと落ちてくる
特大サイズの大岩…頭上に迫る!
止まったら追いつかれてしまう、
このまま下をすり抜けるしかない!
「ビアット(高速形態)、ビァット、ビァット、ビァット!!
翼を半分たたむと同時に、ジェットを噴き出す
ばらばらと降り注ぐ石つぶての雨、
ガン、ガン!殴られているようだ!
こぶし大の石が頭に当たり、一瞬気が遠くなる
オルクにも当たったらしく、首根っこに激痛、の、ビジョンが逆流
よろめいて水面に急接近、
片翼が水面をこすって、上がる、水しぶき、
崩れたバランスを、ジェットの噴流が強引に立て直す
 と、
突然、眼前に迫る、崖!
「ノーマ(通常形態)!」
手綱をぐいと右に引いて同時に右旋回のビジョン、
オルクは一度だけ大きく羽ばたいて水面を打ち、
その反動で 飛び上がり、崖に足を突いて、走って、蹴った
背後にあがる、巨大な水柱、水煙!
  ドドドドド…!!
凄まじい轟音に興奮して、何度も何度も大きく吠える、オルク、
吐き気を通りこして、内臓がぐじゃぐじゃになる感覚の、マドカ
痛いほど握りしめるレバー、その手を、少しも緩める気にはなれない
 
あからさまな殺意!
 
死の恐怖が!ふたりを駆り立てる!
 
(…っ!!)
 
 
急カーブの連続!
 
ジェットを小刻みに使って右へ左へ、
旋回を繰り返してギリギリですり抜ける
 
尖った岩を踊り越え、
猛烈な速さで 曲がりくねった谷を 縫うように飛んでいく
 
無我夢中でビジョンを飛ばしまくるマドカは ほとんど失神寸前
 
 
左右はどんどん狭くなってくる
翼をいっぱいに広げたら 両側とも当たってしまうだろう
 
上空へ飛び上がりたいのを 必死で我慢して
(敵の仲間がいて/狙い撃ちにされる)
もっと速く、もっと距離を…!
 
一瞬息をつくマドカ、
 
 壁!!
 
行き止まり!
 
『ヤァァップ(止まれ)!』
間に合わない 崖に激突…っ!
 
ガッ!
 
オルクが片足を突き出して衝突を防いだが
暴れて岩を蹴ったので
下へ向かって跳ねるように落下する
それが幸いした
火球が飛んできて直前までいたところに激突
危なかったと思う間もなく
谷底の水面に叩きつけられる
 
オルクがもがいて慌てて浮上する が、
落ちてきた岩に当たってまた沈む
血の匂い!負傷したらしい
苦痛の叫びをあげて暴れ始めた、
オルクはもう制御不能
 
マドカは必死で手綱をたぐって、鞍にしがみついていた
(いま狙い撃ちされたら…!)
火球に直撃されて焼け死ぬところを想像し、ぞっとする
水中に逃れるべきだろうか…!?
 
(そんな…、振り切ったと思ったのに…!そっか、)
ジグザグの谷を、一気に飛び越えて来たのだろう、
簡単なこと!
 
ふいに、水の流れを感じた。
 
水しぶきの中、流れの源を探すと、
すぐ近くに小さな穴…洞窟だ!
「オルク!オールゥー(落ち着いて)!『あの中へ!』」
叫びながらビジョンを送り、洞窟へ向かわせる。
 
オルクは、逃げ道を示されて少し正気を取り戻し、
体勢を立て直すのもそこそこに、
気泡混じりの水流を激しく噴出させながら水上を突進し、
激突するような勢いで洞窟の入り口へ飛び込んだ、
が、
思いのほか狭い!
 
半分水中に沈みながら、
無理やり、
身体を、押し、込め、
翼をたたんで、
鉤爪を突き立て、
強引に、分け入って、いく
狭い…!?奥へ、逃げられないの?!)
オルクは吠えまくって身体を揺さぶり、
壁を崩してスペースを広げようとする
水中に浸った噴射口からごぼごぼ
泡が噴き出して、マドカの周囲で弾けている
オルクも殆どパニック寸前で、
 
熱波!!
 
敵の火球が、洞窟手前の水面で大爆発して大量の熱をまき散らし、
水柱を盛大に噴き上げた。
 
その直後、沸騰寸前熱湯が、洞窟の中に押し寄せる!
 
マドカは叫びたいのを我慢してただただ耐え
熱を振り払おうとする反射的な動きを押さえつけ、
息を止め、身をすくめて目をギュッとつむって
 
飛行服を通しても伝わってくる、恐ろしい熱!
皮膚が焼けそうになる感覚に耐え
目を…肺を…守らなければ……
 
オルクはまだ暴れ続け、壁も天井も崩して進み続ける
噴射口から出る泡が、熱を辛うじて和らげてくれている
(なんとか、凌げる…っ?!)
その時、オルクが火球を押し出そうとしている、感覚 ゾッとする
 
ちょ、ダメよ…っ!
こんな狭いところでっ…自分の炎焼け死ぬかもしれないのに…!
そうだ分からないんだ、私が 指示しなきゃいけないんだ!
 
一瞬だけ冷静になると、素早く思考がのぼってくる
(オルクの恐怖発散/入口(を)壊す(と、) 敵は諦める(はず)!)
手綱を思い切り引っ張って、オルクの首を無理やりめぐらせると、
真後ろを狙うビジョンを送ると同時に、
「サッファ(小火球)!!」
ドン、という破裂音とともに吐き出された火球が尾を引いて飛んでいく
洞窟内が真っ赤に染まり、熱風が吹き荒れる
(あっっつ!これじゃタイロン(大炎)だわ…っ!)
火球は洞窟入り口に当たって砕け、飛び散った剛炎
滅茶苦茶に暴れまわって猛烈な水蒸気と無数の瓦礫を生み、
煮えたぎる湯と岩塊がごちゃ混ぜになって膨れ上がり弾け飛んだ、
炎の一部がマドカ達の方へ襲いかかってきたが、
オルクが尻尾で打ち落として───それを視界の端に捉えたが、
周囲を圧する激しい騒音と 立ち込める灼熱の蒸気に目も耳も
感覚を奪われていたマドカは、
(焼け死ぬ/岩に押しつぶされて死ぬ)
繰り返し襲ってくる死のイメージ
(焼けただれた皮膚/ぐちゃぐちゃの顔面)
に恐慌をきたして混乱する頭で、
アロォー(走れ)!アロォー!、アロォー!……
無我夢中で叫び続けていた……
 
 
 
 
 
(BGM End)