1-001-008.朧月夜の、初陣 6

暗闇に、少し目が慣れてきた。
 
下から見上げると、ちょうど真上に大きな雲が
頭上を覆うように広がって来ていて、
格闘するドラゴン達のシルエットが(割と)よく見える。
 
小柄な方が、マドカのジェットドラゴンだ。
 
逆に上からだと、暗い森が背景になって、
こちらは見え辛いはずだ。
 
 
 
 
 
敵ドラゴンはオルクを足蹴にして仰向かせ、巨大な爪で胴を掴むと
顎を開いて炎を吐いた
オルクは首を振って間一髪で避けると、そのまま相手の横っ面に頭突きした。
敵ドラゴンは怒りの咆哮を上げて翼でオルクを叩き落すと、
首を伸ばして咬みつこうとした。
 
その時!
 
新手のドラゴンが飛びかかって来て、喉元にラリアットを食らわせた。
オルクが姿勢を直してまた挑みかかって、マドカにも何が起きたか
ようやく分かった。
(た、たいちょぉ)
 
三体のドラゴンは、暗がりの中で適当に相手の見当をつけただけで、
滅茶苦茶に暴れた。
それでも、オルクは敵ドラゴンの周囲を回って咆哮を上げ、相手の上顎に
咬みついたりした。ロナはほぼ正面から取っ組み合い、牙で、爪で、尻尾で、
さらには頭突きで攻撃しあった。
三体は激しく絡み合いながら高度を上げ下げした。
 
もつれ合って暴れる中、ロナは、鉤爪を相手の胸当てに引っ掛けたまま、
敵ドラゴンを思い切り蹴り上げた。
その勢いで鋼線が切れて胸当てが外れると、鞍を固定するベルトがずれて、
背がむき出しになった。敵ドラゴンはオルクに背を踏まれてバランスを崩し
ロナは目の前に差し出される格好になったそこへ、思い切り咬みついた
牙は深く食い込み、うろこの合わせ目を突き破って骨の隙間を抜け、
その下にあった気嚢に穴をあけた。
ロナが牙を抜くと、ガスが漏れ出す、シューーという音がした。
それで急に浮力を失って、ロナに圧し掛かってきた。
ロナは暴れる相手を足蹴にして突き飛ばし、すかさずクルスが、
「サッファ(小火球)!」
 
火球が当たる───と、ガスに引火して、大爆発を起こした。
 
バッ……ボァァーーン!
 
強烈な爆風がロナとオルクを弾き飛ばし、引き裂い…た!
「きゃぁーーっ!!」
 
その直前!
 
「デリエ(後ろへ)!下がれっ…!!」
ロナは、後退しながら爆風とオルクの間に割って入り
身を呈して皆を、熱と衝撃から守ってやった。
 
ロナもオルクも一瞬気絶したが、すぐに持ち直し、体勢を戻した。
敵ドラゴンは、上体に大穴を空けて、眼下の黒い森へ落ちて行った…
 

「マドカ!ドラゴンに乗って叫び声を上げるなと、言っただろう!」
クルスの叱責が飛んできたが、マドカは、込み上げる嗚咽に返事も出来ず、
それどころか、鞍の上に伏せったまま顔を上げることすら出来ないでいた。
(うぇぇ…もう、嫌だぁ…)
 
オルクは、ホバリングしながら首を傾げて、
気遣うようにマドカをちらちら見ている。
「グァ~オォゥ…」
 
クルスは、マドカのそんな様子を見て、言った。
「マドカ…!お前は、基地へ、戻れ…!」
(初陣だからな…生き残れれば上出来だ)
 

マドカは、顔を上げた。ゴーグルをずらして、袖で涙を拭う。
(クルス隊長が、帰れって言った)
(なんて情けない奴だと思われたろう…)
 
戦場を離れたい気持ちはかなり強かったが、決めかねた。
(なんにも出来なかった…)
(あたしには、やっぱり戦いなんて無理かも…でも)
(やらなきゃ…)
 
 

マドカが、何か応えようとしたその時、
 
 
何か…?
 
 
視界の端で、何かが動いた。
 

そちらを向くと
遠い丘の向こうに、人影が…
 
(な、何…あれ…)
 
「た、隊長!あれ…!」
マドカが、まだ震えの収まらない指で差すと、クルスもそちらを振り返った。
 
「なんだ、ありゃあ…!?」
 
 
あれは───?
 
巨人───!?
 
 

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