1-001-010.朧月夜の、初陣 8


朧月が、ぼんやりとした光を放ちながら浮かんでいる。
大きく広がる薄い雲を背景に、
切れ切れの雲が、空を横切っていく。
 

”巨人”は未だシルエットしか見えず、近づくにつれ、
その巨大さだけが明らかになってくる。
高さは、木組みの見張り台と同じか、もっとありそうだ。
全体的には、三本の塔のような姿をしている。
(真ん中のが、砲身なのか?)
 
その”巨人”が、ゆっくりと動き出した。
 
マドカは恐ろしくて、あまり乗り気ではなかったのだが、
オルクはぐんぐん近づいて行った。
止めようかとも思ったが、興味の方が少しだけまさった。
どうやら、オルクも同じらしい。
 
途中、クルス達を追い抜いてしまったときはさすがに焦って
「オォールゥー(落ち着きなさい)!」
と声をかけて、手綱を少し引いた。
 
追いついてきたクルスは、
「高度を下げろ!森の上すれすれを飛ぶんだ…!フルゥー(下がれ)!」
そう言って森の方へ降りて行った。
 
 
辺りはまだ夜陰に包まれていたが、かなり目が慣れてきた。
敵も同様だろうか…
 
 
”巨人”があまりにも巨大なので、
近付くにつれて、マドカはどんどん恐ろしくなってくる。
(も、もう…近付き過ぎなんじゃ…)
 
本当に、石造りの本格的な塔ぐらいの大きさである。
大砲が、急にこっちを向いて撃ってきたら、などと想像して冷や汗を流す。
(大丈夫…よね。そんなに素早く動けなさそうだし…)
それより、こうして接近していることは、まだ気付かれていないのだろうか。
 
クルスは、ぐんぐん近づいてくる巨大砲に圧倒されつつ、恐れなどは
感じていなかった。弱点を探るように、しっかり観察する。
”巨人”からは、ところどころ灯りが漏れている。それが、
全体から立ち上る蒸気を照らして、まるで地上の朧月のように、
その巨体をぼんやりと浮かび上がらせている。
 

オオオォ~~~ン………
 
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また、あの鳴き声だ!
(撃つのか!?)
 
「ヤップ(止まれ)!」
 
ズッッ…ドォォン!
 
(きゃ…っ!)
マドカは悲鳴をなんとか呑み込んで、咄嗟に砲弾を目で追った。
オルクも驚いてさっと軌道を変え、同じように砲弾の軌跡を見た。
 
それは、凄まじい速さで遥かな高空を飛翔していく。
地平線の彼方まで飛んでいきそうな勢いだったが、
雄大な弧を描いて───森の中へ落下した。
 
ドドォォ──ン……
 
夜明けかと思うほどの明るい火柱が現れ、そして、遠く響く破壊音
どうやら、基地のどこかに着弾したらしい。
「た、隊長…!」
「ああ!基地を、直撃したらしいな…あれを、壊さなければならん!」
「ハイ…!」
 
「ロナ、行くぞ!アロォー(前へ)!」
力強く羽ばたいて、突撃のような勢いでぐんぐん接近していく。
やがて森の木々が切れて、開けた場所に出た。
 
 
そこに、”巨人”はいた。
 
塔のような巨大な砲身、それを載せる台車、それらを左右から支えている
らしき、巨大な円柱。その周囲には、たいまつを掲げた兵士が多数いて、
何事か叫び合っている
 
正面からのシルエットだと、松葉杖をついた怪我人を連想させる。
動き方も、まさしく重傷人のようである。
ゆっくりと支柱を前に伸ばし、重心を移動して、本体を引きずって前へ進む。
巨人の正体は、巨大な移動砲か───
 
「サッファ(小火球)!」
ロナに火球を吐かせると、手綱を引いて軌道を変え、そのまま旋回飛行
しながら遠ざかる。オルクもぴったりと後ろについて行きながらやや頭を
傾けて、マドカの方をちらりと見たようだった。”撃たないの?”
言われたようで、マドカは(うるさいなぁ!)と思った。
 
火球は、”巨人”の砲身に直撃したが、効果があったのかどうか、
よく分からない。
(小火球ぐらいじゃダメか?)
 
敵の兵士たちは初め大騒ぎしていたが、すぐに応戦してきた
ひゅん、ひゅん、と唸りをあげて、矢が飛んでくる。
 
「チック(上へ)!」
いったん高度を取って様子を見たいと、クルスは上昇を命じた。
が、オルクがついてこない。
見ると、二人は再び”巨人”へ突っ込んで行って、火球を撃ち始めていた。
 
クルスは、あの馬鹿、と一瞬思ったが、ちょっと妙に感心もした。
(あいつ、たまに根性みせるんだよな…よく分からん)
「よぉし、俺は地上部隊をやる!」