『朱い桜』

 
 
ある村に、こんな歌が伝わっていました。
 
 
     もの悲し   御座の桜の 青なる に
     満つる朱こそ 荒ぶるる
 
 
他にも、この桜には、悲しい事件が起こると
青い花が咲くという伝説があったのですが、
実際にそれを見たものはいませんでした。
 
 
 
さて、ある男がこの木を調べていたのですが、
ある時から寒気やだるさを訴えるようになり、
やがて高熱を出して寝込んでしまいました。
 
そして数日苦しんだ末、
男は全身あざだらけになって死んでしまいました。
 
さらに、その後も同じ症状で何人もが倒れてしまったのです。
 
村人たちは、それを祟りかと恐れ、
願掛けをしたり神様に祈ったり。
しかしどれも効き目がなく、次々と亡くなってしまいます。
 
そうして、嘆き悲しむと同時に、
次は自分かと怯えるばかりなのでした。
 
 
 
そんな時、ある男が考えたのが、
最初に亡くなった男が調べていたという、村外れの桜の木のことです。
 
そこから何か病気をうつされたのではないかと考えて、
それで、他の者が止めるのも聞かず、木を見に行きました。
 
 
すると驚いたことに、そこには青い桜が咲いていました。
 
 
その異様な様子に恐怖で血迷ったのか、
あるいは最初からそのつもりだったのか、
男は、その木に火をつけてしまいました。
 
 
青い桜は異常なほど火の回りが早く、
あっという間に木全体に広がって、真っ赤に燃え上りました。
 
その様子は、木が苦しそうにもがいているようにも見え、
あるいは、
風にあおられて右に左に火の粉を撒き散らして揺れ動く様は、
怒りに荒れ狂っているようにも見えました。
 
男は言い伝えの言葉を思い出して青ざめながらも、
荒々しくも美しいその様子に、
魅入られたように立ち尽くすのでした。
 
 
 
それから、風が火の粉を運び、火勢を強めて、
結局、村全体が焼き尽くされてしまいました。
 
桜の木もすっかり焼け落ちてしまい、
もうそこに青い桜が咲くことはありませんでした。
 
 
 
 
 
そして、火をつけた男も焼け死んで霊となり、
今もその辺りをさまよっているのだそうです。
 
いつかまた、青い桜が咲くのを
待っているのかもしれません。