『祟り桜』
とある村でのことです。
始めに犠牲になったのは、家畜でした。
山羊や鶏が、何者かに食い殺される事件が多発したのです。
村人たちは、それらを狼の仕業と考えました。
それで警戒を強めていたところ、
今度は、ある一家が襲われたのです。
惨劇は家の中で行われていました。
遺体を検めると、その家の主人が消えていることが判明します。
数日後、一人の男が、ぼろぼろの格好で、
近くの森からふらふらと現れてきました。
事件のあと消えていた、家の主人です。
男の話によると、あの夜、魔物が襲ってきて家族を殺し、
そのまま森の方へ逃げて行ったので、追いかけたのだそうです。
そして、森の奥で魔物を追いつめて、ついに倒したのだとか。
それを聞いた村人たちは、信じられないような面持ちでしたが、
ともかく、男を休ませてやりました。
ところが、翌朝になると、男は再び消えていました。
その代わりに、村の外れの小さな丘に、
一体の怪物が死んでいるのが見つかりました。
それは、全身毛むくじゃらの人面獣身、
肌は全体的にどす黒く、それなのに、所々、
真っ赤な色の肉がむき出しになっていました。
そして、その喉には、銀のナイフが突き刺さっていました。
これは、男が倒したはずの、魔物なのでしょうか。
それが実は生きていて、
人里に下りてきて男に復讐しようとしたところ、
逆に返り討ちにあってしまったというのでしょうか。。
いいえ。
村人たちは、
もう少し尤もらしい回答を思い浮かべていましたが、
恐ろしくて誰も口にしませんでした。
怪物は、そのままその場所に埋葬されました。
しばらくたつと、そこから芽が出て、
驚くほど早く成長していきました。
大きくなったそれは、桜の木によく似ていました。
そして花が咲くようになる頃から、
その木に関わる幾つもの事件が起こり、
何人もが犠牲になったのです。
ひとりは、木のてっぺんから落っこちて。
ひとりは、上の枝に打たれて。
ひとりは、下の枝にぶら下がって。
ひとりは、木の根に頭を突っ込んで。
ひとりは、木の幹に寄り添って。
ひとりは、花びらを口に詰め込んで。
そのたびに、薄気味の悪い青い花が咲くのです。
そして散っていく花びらが風にあおられ、
渦巻くように舞い上がっていく様は、
まるで、死者の魂を喰らって歓喜に踊っているようでした。
人々はこれを怪物の祟りと恐れ、
死んだ怪物の鎮魂のために、
小さなお祭りを行うようになりました。
しかし長い歳月ののちには、
この怪物も村の守り神と崇められるようになったということです。