1-001-006.朧月夜の、初陣 4


クルスは、炎が飛び交っている空域に近付くにつれ、
戸惑ってしまった。
 
 
敵味方の区別がつかない。
 
 
月明かりと鳴き声で、微かに居場所は知れるものの、
ドラゴンや、その乗り手が身につけているはずの紋章チーフなどは、
全く見えない。
それどころか、ちょっと目を離しただけで、すぐに見失ってしまう
 
炎を発したときだけ、その姿が浮かび上がるが、それも一瞬だ
しかもそれが目に焼き付いてしまって、その一瞬のあと、
当のドラゴンがどこに移動しているか分からなくなる。
 
(敵の数も分からんじゃないか!)
(どうやって戦えばいいんだ?!)
 
戦っている当人たちは、どうやって狙いをつけているのだろう。
と思ったが、どうも、狙いなどつけていないように見える。
もっと近くにいればもう少し分かるのだろうか、
適当に見当をつけただけで撃ち合っているようだ。
 
(これじゃ、援護も出来ん)
 
これ以上近づくと、この、見当撃ちの戦いに巻き込まれてしまう。
 
(全く見えないわけじゃないが…)
(もう少し、明かりがないことには…)
 
所々に浮かぶ雲をドラゴンのシルエットが横切って、
ときおり炎を飛ばしあっている。2対1で戦っているのも見受けられるが、
どちらが味方か分からないので、手を出せない。
 

そもそも、クルスにもドラゴンでの夜戦は初めてだ。
視界が悪くて戦いづらいだろうと予想はしていたが、
これほどとは思わなかった。

どうしたものかと、歯がゆい思いを噛みしめてみるが、
いつまでもこうして見守っていても仕方ない。
こっそり近付いてどっちがどっち見極めてみるか
 
(それにしても、やつらにだってロクに見えてないだろうに)
(無茶な攻め方してきやがって……ん?!)
 
 
 
 
何か来る!
 
 
 

突然、闇の中から影が急接近してきて、ロナに喰らいつこうとした。
その直前に気付いたクルスは、
闘争本能を発揮しようとするロナを押さえるように、少し後ろへ下がらせた。
「デリエ(後ろへ)!」
敵ドラゴンの牙が空を切るが、その勢いのまま体当たりしてくる。
ギャイン!両ドラゴンの胸当て同士が激突する音が、闇に響く。
(こいつ!!敵の竜騎兵か!!)
突然始まった戦闘に、ロナは一瞬で興奮状態になって凄まじく暴れた。
二体のドラゴンは激しくもつれ合って上下を入れ替え
長い首を巻きつかせて、互いに相手に咬みつこうとした。
ゴッ!頭突きは相打ちになって鈍い音を響かせ、
バサササ、ババババッ、強引な羽ばたきが大気を震わせる。
そして互いに威嚇しあう荒々しい咆哮が、耳に突き刺さる
ごるるるる!!
ぐぉぉおお、
ぎゃゎおおお!!
クルスは、振り落とされないよう、手綱を納めてレバーにしがみついていたが、
敵ドラゴンの凶暴な顔が目の前に現れ、ロナの翼の付け根あたりに
咬みつこうとするのを見るや、
傍らに備えてあった槍を繰り出してそれを牽制、同時に、
「ウージュ(小炎)!」
ロナは敵ドラゴンに構わず炎を吐き出した。
互いに抱き合う体勢であったので、炎は、ちょうどロナの目の前にいた
敵兵に向かって浴びせられた。
 
炎に包まれて燃え上がった敵兵は狂乱の叫びをあげて暴れ、
それを聞いた敵ドラゴンがうろたえて動きを止めると、ロナは相手を
蹴り飛ばして身を引き離し、羽ばたいて体勢を立て直した。

クルスは、火球を撃って致命傷を与えるか迷ったが、
敵ドラゴンがくるりと身をひるがえして飛び去って行ったので、
あえて追うのはやめておいた。
 
敵兵の身体でところどころ燻ぶる炎が、闇の中で小さくなっていく。
絶命しているかは分からないが、それなりの重傷を負ったはずだ。
 
 
クルスの呼吸は荒く、ロナもまた、興奮を抑えきれない様子。
一瞬の判断が違えば、結果は逆になっていただろうと思うと、
背筋が凍る思いがする。
 
(あいつ、去り際に俺たちを睨みつけていきやがった)
(あれは、『よくも、あたしの主人を…!』って顔だな)
 
敵ドラゴンは引っ掻き傷程度だったろうが、背中の主人を案じて、
自陣へ帰還する方を選んだのだ。
(雌のドラゴンか…女は怖いな)
ちなみに、クルスの使い竜であるロナも、同じく雌である。
 

それにしても、夜陰の中での闘いは、やはりあんな風になってしまう。
野生の闘争本能むき出しで、訓練されたドラゴンの闘いとは違う。
一体どうして凶暴性が増すのか、昼間よりも手がつけられないほどだ。
 
「とにかく、ひとつ。ロナ、よくやったぞ!」
 

クルスは、ほっと息をついたが、すぐに次の敵を探して周囲を見回す。
(マドカはどうした?……あれか?)
 
見ると、右前方上空で、続けざまに火球を飛ばすドラゴンがいる。
敵を近づけないよう、離れた所から無闇に撃ちまくっているのだ。
怯える新兵がよくやる戦い方だ。
 
 
「ロナ、チック(上へ)!」