1-001-005.朧月夜の、初陣 3

 

オルクに乗って上空へ舞い上がると、気分も一気に高揚した。
  
かがり火のある地上と違って、夜の空の闇はまとわりつくように深く、
月明かりが、自分の手元をぼんやりと照らすばかり。
 

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夜中にこうして飛ぶのは久し振りだったが、
恐ろしさよりも神秘さを、マドカは感じる。
 
星が見えたらもっといいのに、と思う。
その方が、オルクも飛びやすいだろうし。
 
 
ドラゴンはふつう、夜目があまり利かない。
だから、夜に飛ぶのを嫌がる。
それを強制するのが竜使いだが、
それでもやっぱり、慎重に飛ぶ必要はあった。
(でも、オルクは面白がってるみたい)
マドカは、マスクの下でくすりと笑う。
 
 
ほとんど真っ黒に見える眼下の森は、遠く地平線の彼方まで続いており、
その中にぽつんとあるセオドナ基地は、いかにも頼りなげだ。
今、その一角から炎が噴き出し、もうもうと煙が上がっている。
 
(燃えてる…!城壁のところだ…事故じゃ、ないよね…)
 
かといって、敵兵の襲撃を受けている様子はない。
 
(だったら、砲撃?!でも、どこから…?)
 

ピュィーッ、ピュィーッ、ピュィーッ
 
マドカ達のさらに上空から、指笛の音が聞こえた。
集合の合図だ!
マドカは、応信を送った。
 
ヒュッ、ヒューーッ、ヒュッ、ヒューーッ
 
 
大きく弧を描きながら闇の中を昇っていくと、
うっすらと、ドラゴンのシルエットが浮かび上がってくる。
 
近くまで行くと、鋭い声が飛んできた。
「マドカか!」
「マドカ、オルク、集合しましたぁー!」
少し間延びした声になる。いつも注意されるが、なかなか治らない。
 
「西の丘の方で、交戦が始まっている!行くぞ!」
「ハイ!…あ、あのー!オリバーさんはぁー!」
マドカは、もう一人のメンバーが見当たらないので聞いてみた。
マドカたち第二部隊は、三人でひとつのチームである。
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「あいつは、ブリ公のお守だ、
第二部隊は、俺達だけで、戦うしかない!」
そう吐き捨てるように叫んで、クルスは

「ついて来い、行くぞ!!
ロナ、チック(上へ)!」
 
 
 
 
クルスがブリ公と呼んだのは、
本名をブリケイン・ジェナスといい、
セオドナ基地の司令官補佐役として配属された、とある貴族の子弟である。
司令官補佐役といっても軍略・武芸の才は無く、
ドラゴンはおろか馬にも乗れない。
父親の命令で経歴に箔をつけるためだけにやってきた小太りの小男で、
小心者のくせに基地での生活に文句ばかり言っている軟弱者、
というのがクルスの辛口評価であった。
 
父親の親心なのだろうが、迷惑な話だと、クルスは苦々しく思う。
とはいえ、彼の護衛としての特別任務もあるクルス達は、
オリバーだけでも置いて来るしかなかった。
 

(やっぱり、敵が来てるんだ…!)
(俺たちだけで…って、だ大丈夫なのかな…)
 
「オルク、アロォー(進め)!」
手綱を引いて方角を定め、前進を命じる。
オルクは、ぐぃっと首を突き出すようにしてバランスを変え、
大きく羽ばたくと、滑り出すようにして西の方へ向かって進み始める。
 
マドカは前方の暗闇に目を凝らした。
 
ときおり光が走っている。ドラゴンたちが、炎を飛ばしあっているのだ。
既に戦闘が始まっているらしい。
第一部隊だろう。早く、加勢に行かなければ…
 
呼吸が荒くなってくる。
(戦いだぁ…。行きたくないな…)
(もぅ、クルス隊長に、ついていくしかないよ…)
 
何の躊躇もなく飛び続けるオルクの上で深呼吸すると、
いまいち覚悟も決まらないまま、
「チック(上へ)!」

そう叫んで、クルス達の後を追った。