1-001-004.朧月夜の、初陣 2

 
ドッ…!!ゴオォォン!!!!!!
 
静まり返ったセオドナ基地に響き渡る、
突然の炸裂音!!
 
その爆音と振動は基地の隅々にまで伝わって、
見張りの兵や、夜更かししていた者たちを飛び上がらせた。
腰を抜かした者以外は爆音の方向にが上がっているのを見、
ただちに警鐘を打ち鳴らした。
 
騒ぎ出したドラゴンや馬、家畜たちをなだめようと、
竜舎や厩舎の世話人たちが飛び出してくる。
 
兵舎も大騒ぎになって、
あちこちの部屋に明かりが灯り、怒号が飛び交い始めた。
気の早いことに、角笛を鳴らす者までいた。
それは戦場で、兵士たちを鼓舞するために使われるものだ。
 
”敵襲かーっ!?”
 
”敵襲、敵襲ーっ!!”
 
”西側の城壁だぞ!!”
”火を消せーっ!!”
 
”夜襲だー!!”
 
たいまつの火がそこら中を右往左往し始めた。
軽装の兵士たちは広場を駆けまわって状況を伝えあった。
すぐに混乱から立ち直った消化班や救護班は、
現場へ駆けつけて作業にあたった。
 
 
つい半日前まではのどかだった基地が、
今、その様相を一変させていた。
 
その変わりように、
田舎基地に配置されてくさっていた者は奮い立ったし、
逆に、楽な辺境勤務を喜んでいた者は畏れおののいたりした。
 
 
集合をかける部隊長たちの怒鳴り声点呼の声にまじって、
年配の騎士が甲冑をガシャガシャいわせながら馬房へと向かっていた。
その後ろを追いかける盾持ちは、主人が唸るように言ったのを聞いた。
「ううむ、こんな辺ぴな基地に夜襲をかけるとは、変な奴らじゃ。」
「まだ、姿は見えませぬな」
盾持ちは、そんな風に応じておいた。
 
 
 
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
 
 
 
ガタガタッ、ゴテッ
「イタっ…たたた…っ」
マドカは、同室の女性兵士に荒っぽく叩き起こされて、
慌てて立ち上がろうとして寝床から転がり落ちた。
「大丈夫かい?しっかりおし」
「ふへぃ」

妙な返事になってしまって、うゎなに今のこえ、などと考える。
ちょっと目が覚めた。

まだ覚醒しきっていない頭、それでも、
ふらふらしながら手早く飛行服を着込む。
窓から差し込む弱々しい明かりだけで、手元を見なくても出来る。
これは、訓練のたまもの
ふと見ると、女性兵士はもう出て行ってしまっていた。
部屋にはもう自分しかいない。みな、部隊が違うのだ。
 
寝ぐせ頭を直すひまもなく、マスクとゴーグルを引っつかむと、
急いで外へ飛び出した。
 
辺りは、ただならぬ緊張感に包まれている。
あちこちに焚かれたかがり火が眩しい。
空気が少し湿っぽくて、マドカは夜空を見上げて、おぼろ月を見つけた。
 
 
その時、二度目の炸裂音───!
 
ゴッッ…ズズンッ…!!!
 
距離は、少し遠く感じる。
その破壊音よりも、地面を通して伝わってくる振動が恐ろしかった。
大地が鳴動しているような錯覚すら覚えて、ゾッとする。
 
眠気など、完全に吹っ飛んでしまった。
(なっ…なに…っ?! 爆発!?)
 
て…、敵…?!
攻めてきたんだ…!?
 
みぞおちの辺りから、ざわざわした感覚が湧き上がってくる。
これは、恐怖感だ…たぶん
 
とにかく、竜舎をめざして、走る。
 
まさにその竜舎から、ドラゴンにまたがったシルエットがひとつ、
マドカの方へ向かってくる。
ドラゴンの胸当てに、”月と森”の紋章が見える。
 
f:id:emari_logue:20200510124707j:plain

 

「遅いぞ、急げ!」
「隊長!」

 
第二竜騎兵部隊のリーダー、クルスである。
マドカを見つけると呼びかけてきた。
 
「マドカ!お前、初陣だな、死ぬなよ!」
「ハ、ハイ!」
「あとな、パニくるな!」
 
 
クルスはそう言い残すと、
そのままマドカの脇を駆け抜けて、
 
「アロォー(走れ)アロォーアロォォー!
…チック(飛べ)!!」
 
クルスを乗せたドラゴンは、
地面を蹴って、飛び立っていった。
 
 
 
マドカは、竜舎の前に立って、呼びかけた。
「オルク!オルクー!」
 
呼びかけに応えはない。
マドカは、竜舎の中へ入って行った。
「オルク!?どこーっ?」
 
(いない?!)
 
「おいあんた、ドラゴンなら全部出て行ったぞ!」
背後から聞こえたのは、竜舎の世話人の声。
 
「出て行った、って…!」
マドカは、慌ててまた竜舎の外へ出て、周囲、上空を見まわした。
 
「オルクー!?オルクー!?」
グォ、と声がして見上げると、小柄なドラゴンが舞い降りてくるところだった。
「オルク…っ、勝手にっ!もぅっ!」
 
オルクは、マドカの指示を無視して、あるいはそれを待たずに、
勝手に動き回ることがある。マドカに対して気安いのか、
たまに言う事を聞いてくれないオルクに、
マドカは苛立ちを募らせることもあった。
 
きっとまだ友達感覚なんだ、とマドカは思う。
 
自分がもっとしっかりして、
こっちが主人なんだと、分からせないといけない。
 
ドラゴンを思い通りに操れない竜使いは、役に立たないし、邪魔だし、
なにより、戦場で(たぶん)真っ先に死んで、さらに酷いことには、
仲間を危険にさらすことになるのだ。
そう、訓練のたびに言い聞かされてきた。
 
マドカは基地内で最年少者だったが、そんなわけで、
優しく扱われるどころか、なかなか厳しい訓練を受けた。
それも、この日、この時のためだ。
 
(とにかく、初陣、だぁ…しっかりしなきゃ…!)
 
あまり考え過ぎると不安になる。ともかく、
その背に急いで飛び乗ると、すぐに飛び立つ指示を出した。
「アロォー(走れ)アロォーアロォー!」
ドドド…ッと激しく揺れるなか手早く命綱を結び付けると、
「…チック(飛べ)!!」
 
オルクは、胸を反らして大きく翼を広げ、はばたいた。
同時に、力強く地面を蹴っって宙へ飛び上がると、
 
風を捉え、一気に上空へと舞い上がって行った。