1-001-003.朧月夜の、初陣 1


東雲の前、夜がもっとも深く沈むころ。
おぼろ月が、ぼんやりと───
地上の暗い森を照らしている。
 
見渡す限りの、広大な森
 

ときおり吹く風が、森の木々を、草葉を、
ざわざわと揺らしている。
 
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不気味に響く声は、
夜鳴き鳥
 
 
草ずれの音は、
徘徊する獣
 
 

そんな自然の音だけが、
森の中を絶えず満たしている。
 
 
 
夜行性の獣が木々の間を抜けてひらけた場所へ迷い出たが、
すぐに奥へ引っ込んで行った。
竜舎から漂い出すドラゴンの匂いが、セオドナ基地から、
森に棲む危険な獣たちを遠ざけているのだ。
 
 

ここは、アルル公国の国境基地のひとつ。
とても古い時代から存在し、
森のはずれで公国の国境を守ってきた場所だ。
 

といっても、山脈に囲まれて交通の不便なこの土地は、
国境を接する両国から、あまり顧みられることのない場所でもある。
最後にここで戦闘が行われたことを知る者は、ないに等しい。
 
そうして、攻めてくる敵がなければ、資金も人手もあまり投入される
ことはなく、ただ形だけ存在するような基地になってしまう。
 

しかも、森の成長力はとても旺盛で、基地は今や、
驚異的な早さで成長する森の中に、覆い込まれてしまっていた。
 
例えば春になると、
大量の種子や胞子が広がって、霞のように森を覆いつくす。
しばらく経つと芽が出て、あっという間に成長する。
 
それから鳥や動物たちが現れて、
柔らかな芽を、競うようについばみ始める。
 
それでも放っておけば、草は成長し、灌木が育ち、つる草が伸びて、
やがて木々が根を張るようになる。
 
敷地内には森の動物たちはなかなか入ってこないので、
手作業で芽を摘むのが、兵士や雑役夫たちの日課のひとつであった。
それは人や軍馬の食用にもなったが、必要に迫られてのことでもある。
兵舎の屋根や壁にまで生えた草は、やがて建物の強度を落とすので、
払っておかないと危険なのだった。
 

そんな、敵よりも森との戦いに明け暮れる基地に
価値を見出す者のいるわけもなく、
広大で深い深い森の奥にポツンとたたずむセオドナ基地は、
徐々に森に飲み込まれていく、
 
廃れゆく基地のひとつなのだった。
 
 
 
─── この夜までは。